ヘタレ投資家ヘタレイヤンの読書録

個人投資家目線の読書録

椿井文書 -日本最大級の偽文書

馬部隆弘 中公新書 2020/3/25
読書日:2020/9/22

日本最大級の偽文書である椿井(つばい)文書について研究し、解説した本。

18~19世紀の近江に、椿井正隆という人物がいて、自分に都合の良い偽書を大量に作成し(あまりにも多いので工房があったのではないかという)、それが地域にばらまかれ、なかには正式な研究文献として引用されたりして、さまざまな混乱を引き起こしているという。

日本の地方には偽書が多いというが、専門家はその偽書を見破り、普通はそれを無視する。しかし椿井文書の場合は、周辺の地域や正式に採用された文書もあり、それぞれが他の文書を補完しあっているため、一見本物のように思え、信じてしまうことも多いという。

特に地域の自治体によっては、町おこしの旧所名跡の根拠に利用したりしている。そうなると自治体公認となり、修正がほぼ不可能になるという。著者がいくら偽書であると主張しても、それは誰の得にもならないため、放置されるという。

なるほどなあ、と思う。

わしがよくいくサイトに「新宿会計士の政治経済評論」というのがあって、韓国についてよく評論しているが、そのなかに韓国のうそつきビジネスの「ゼロ対100」理論というのがある。これはインチキを仕掛けた場合、「勝てば100%、引き分けでも50%、負けても0%」で、決してマイナスにはならない、というものだ。(だから韓国はインチキを永遠に仕掛けてくる、という)。

shinjukuacc.com

これは韓国に限らずインチキ全般に当てはまり、本書の椿井文書にも当てはまっているわけだ。インチキビジネスってその構造自体が非常に興味深い。まるで無から生み出されたミームであり、生きているみたいだ。

面白いことに、偽書は歴史研究の邪魔になるものだが、そのうちに本書のように偽書自体が研究対象になってしまう場合がある。実際に、偽書が作られるにはそれなりの背景があり、そしてその偽の歴史が受容されていくにもそれなりの理由があるわけで、そういうことが丸ごと研究対象になるのだ。

著者によると、椿井文書は巧妙に作られているが、現代の図書システムやインターネットによる探索の敵ではなく、かなり簡単に区別がつくという。しかも作者自体があとから言い逃れができるように、未来年号などを用いて、偽書だと分かるようにしているという。(未来年号とは改元した年のあり得ない年月を使うこと、例えば平成31年8月1日(平成は平成31年4月30日まで)のような日付を使うことである)。

それにしてもインチキというのはそれなりに効果があるというのが面白い。みんなに都合のいいインチキなら生き延びるわけで、生み出されたミームはそれが嘘でも適者生存の原理で長く受け継がれるんだなあ、と感心する。すると、積極的にインチキを仕掛けるのもありな気がするが、ばれると個人の信用が傷つきそうだから、相当高等な技術になるんでしょうねえ。

現代のフェイクニュースにも通じるものがありそう。

★★★☆☆

 


椿井文書―日本最大級の偽文書 (中公新書)

女と男 なぜわかりあえないのか

橘玲 文春新書 2020.6.20
読書日:2020.9.12

橘玲が女と男について進化心理学の立場から身も蓋もないことを語る本。

橘玲はこれまでも進化心理学をネタに身も蓋もないことを語ってきたが、今回は女と男についてであり、たぶん進化心理学としては最も興味深いテーマのひとつであろう。

その基本的な考え方は、女も男もまずは生存が最も大切で、次に子孫を残すための生殖が大切ということである。

この観点にたつと、男の場合は精子をばらまくコストは少ないので、多くの女とセックスをするほど子孫を残せる可能性が高まる。一方、女子の場合は子供を育てるというリスクがあるので、相手を慎重に選ばざるを得ない。何しろセックスだけして、できた子供の養育を押し付けられたら最悪だ。

この男と女の戦略の違いが、ほぼすべての男と女の分かり合えない理由になる。

例えば、生殖という観点からみると、相手の魅力度というのは子供ができる可能性にかかっているから、男からみると20代前半の若い女性がもっとも魅力的になる。これは男性の年齢に関係なくそうなんだそうだ。男性から見ると、35歳以上の女性は存在しないも同然、なんだそうだ。一方、女性は多少の上下はあるが、だいたい同じ年代の男を好む。しかし例外があって、男が大金持ちの場合は、年が離れていてもOKなんだそうだ。

そりゃそうだ。なんとも身も蓋もない結果である。

そして、女性も自分の市場価値は十分わかっていて、エロス資産をたくさん持っていると自覚している20代前半の女性がもっとも幸福を感じているのだそうだ。

(ちなみにサルでは、子供を産んだことのある品質保証済みの熟女が大人気で、若いメスはあまり人気がないんだそうだ)

さらに興味深いのは、男性と女性で萌える要素がことなることだ。

男性は単純に淫乱な女性と結ばれるポルノトピア(ポルノのユートピア)を夢見る。これはまあ、理解できる。例えば、アダルトビデオでも、余計なストーリーは少ない方がいいということだ。

一方で、女性はロマンス小説のようなストーリーの状況(ロマントピア)に萌える。

ロマンス小説の典型的なストーリーは、男同士がひとりの女性を争って勝った方が女性を得る、というものだ。女性から見ると、男性が自分をめぐって争うという状況であり、そこに萌えるのだという。そして、最も強い男が最終的に自分に選ぶ、つまり自分に屈することが最高のハッピーエンドなのだそうだ。つまり自分が最も高く売れる状況に萌えるわけだ。

なるほどね。これは言われてみないと、男にとってはなかなか理解できないかもしれない。

そのほか、浮気をしたときに男女で怒るところが違うとか、もてるかどうかは見た目がほぼ全てで、それも左右対称かどうかにほぼかかっているとか、ゲイとレズビアンで付き合い方が違うとか、興味深い内容が満載だ。さすがは橘玲だなあ、と感心する。

この本を読むと、男はセックスに熱心で、機会があればほぼするみたいな印象を得るかもしれないけど、わしが思うに、現代の男も女に劣らずセックスにはそれなりに慎重なのではないだろうか。なにしろ、子供ができたら、養育費が膨大になるのだ。リスク満載じゃない?

最後にひとつだけ。女性は身体と頭は分離しているのだという。つまり身体は相手を受け入れていても、頭では受け入れていないことがある。なので、レイプで男性が、「身体は反応していたじゃないか(だから相手も望んでいた)」と主張するのは間違いということらしい。これについては、女性は自分の大切な生殖器を傷つけないために、頭では拒絶してもとりあえず身体は性器を守るために濡れるという反応をする、というのが有力なんだそうだ。だから相手も望んでいたというのは間違いということだ。

★★★★☆

 


女と男 なぜわかりあえないのか (文春新書)

 

お金の減らし方

森博嗣 SBクリエイティブ株式会社 2020/4/15
読書日:2020/9/12

お金は自分にとって価値のあるものに使うべき、と主張する本。

本来は、お金の増やし方、というよくあるテーマの依頼だったそうだ。なにしろ作家として成功し、年収が億単位で、貯金も20億円あるという著者だから当然と言える。

しかしアマノジャクを自称する著者は、お金の使い方こそがその人の生き方が反映されると考え、あえて逆のテーマとした。

いまでこそ多額の所得や貯蓄を謳歌している著者だが、お金の使い方という点では所得が少なかったころから一貫しているという。つまり自分が本当に満足することのためにしか使わないのだ。

自分が満足するかどうかだけが基準なので、他人から見た評価などは全く関係ない。例えば、高級な服とか時計とかグルメとかは興味がない。

車が好きなので、ポルシェは買ったが、それは自分が満足するためだけのもので、他人は関係ないのだそうだ。

著者の趣味は、模型の工作で(その延長で車も好きなのだ)、特に模型機関車が好きなのだ。よく地域の大きな公園で客を乗せて走る小さな機関車があったりするが、あの世界だそうだ。作家になったのも、模型機関車のレールを設置する広い土地を買うための費用、1000万円を確保するためだったという。

試しに書いてみた作品がいきなり売れたので、そのまま作家となり、いまでは350冊の著作を抱えるようになったが、作品はお金を稼ぐための手段に過ぎず、依頼があるままに書いてきたという。作品に対する思い入れはほとんどないらしい。売れている作品の傾向など、最低限のマーケティングとかは一応しているみたいだが、あまり努力はしていないようだ。

真摯に文学に取り組んでいるような人は目を剥くかもしれないが、へんなこだわりがない分、作家として成功しているとも言える。

いまではもう稼ぐ必要がないので、なるべく仕事の時間を減らして、1日45分にとどめているそうだ。(それでも、月に1冊ぐらいは出しているようだ)。一方、趣味の機関車模型には時間をかけていて、掘り出し物がないかオークション巡りをしている時間ですら1日に1時間を使っており、つまりこれだけで仕事時間を上回っている。本当に趣味にしか時間を使っていないようだ。

ちなみに趣味の機関車模型でも、本を3冊出していて、順調に版を重ねているという。趣味と仕事が一致しているのはこれだけのようだ。

結局のところ、お金の使い方がよくないのは、自分が何がしたいのか、何が好きなのかが分からないことが、問題なのだという。ではどうすればいいのかといういうと、著者にも名案があるわけでもなく、目を輝かせていた子供時代を思い出そう、などという。

お金の使い方はわかったが、その他のお金に関する著者の観念はどうだろうか。著者は、借金はしないのだという。それは若い頃から一貫していて、なんでもキャッシュで買ったのだそうだ。

これに関しては、個人的にはどうかな、と思う。借金はうまく使うといい場合もある、というのがわしの判断だ。著者は住宅ローンも毛嫌いしているようだが、わしはマンションを妻に買わされたとき、投資資金を残しておくために目一杯ローンを組んだ。その後、順調に資産は増えたので、わしは満足だ。あのとき、投資資金を残しておいて本当に良かった。

www.hetareyan.com

わしの場合は単なる住宅ローンだが、ビジネスを行っていると、借金をうまく使って、業態を拡大させるということも必要になってくると思う。したがって、借金を無闇に否定するのはどうかな、と個人的には思う。

それから、お金を増やすのなら、自分に投資するほうがいいという。例えば、著者は作家を始めるときに、9万円の椅子を買ったという。この9万円は何億倍にもなったのだから効果が高いという。

この発想は理解できる。しかも、そんなに費用がかからないことが多いとわしも思う。例えば本を読むことは投資効果が大きいと思うが、買ってもせいぜい1冊数千円だし、図書館を利用すれば、もっと安上がりだ。

ともかく、仕事が忙しくて自分の好きなことをしている時間はありません、というのではなく、好きなことをするために仕事をする、という著者の主張には強く納得できるものです。

ちなみに、著作権を遺産に残せるというのは非常にいいなあ、と思う。何しろ、死後50年間、子孫に財産を残せるのだから。下手をすると、ひ孫まで恩恵にあずかれるかもしれないね。

また、著者はあまりにお金が多すぎるので、預金は決済専門の当座預金にしているという。そうすると、預金保険の1000万円の限界から逃れられるという。なるほど、そうすればいいんだ。

★★★★★

 


お金の減らし方 (SB新書)

 

三体Ⅱ 黒暗森林

劉慈欣(リウ・ツーシン) 訳・大森望、立原透耶、上原かおり、泊功 早川書房 2020.6.25
読書日:2020.9.9

(ネタバレあり。注意)

大ヒット中華SFの第2部である。第1部のレビューは下記に書きました。

www.hetareyan.com

第1部では大迫力ではあるものの、三体人のけっこうおバカな超絶技術の設定もあり、多少苦笑も交えながら読んだのだが、この第2部は本当に感心した。まぎれもない傑作である。

第1部は三体人の驚異的な超絶技術が持ち味だった。一種の科学ホラーのような様相を呈していた。

ところが、第2部ではまったく装いを変えて、社会学的、文明論的、ゲーム理論的、心理戦的な持ち味に変わっているのである。作者の知性の幅広さに驚く一冊になっている。

話の出だしは、第1部の終わりの状況から始まる。

地球は団結し、国連の後継組織として、国連惑星防衛理事会(PDC)を創る。本当にこんなにうまく団結できるものかと思うが、とりあえずそうなっている。

ところで地球は、三体人の知能を持った粒子、智子(ソフォン)により監視されている。智子は地球のどこにでも出現可能なので、地球人のやっていることはすべて三体人に筒抜けという状態だ。

そこで、これに対抗するためにPDCがとった戦略が、「面壁者(ウォール・フェイサー)」を指名するという戦略だ。

面壁者に指名されると、面壁者は誰にも何も相談せずひとりで戦略を立てて、地球の資源をなんの説明なしに自由に使っていいことになっている。こうして、なにをやっていることは分かっても、それがどういう意味を持っているか、三体人にわからないようにするという戦略だ。(面壁者とは壁に向かって9年座禅をしたダルマからきている)。

この面壁者というシステムを考案したこと自体が、天才的な発想だと思った。いったい劉慈欣はどこからこういう発想を得たのだろう。

さらに、面壁者システムをとるとなにが起きるかという点についても劉慈欣は素晴らしい洞察を与える。一度面壁者を設定すると、周りの人は面壁者の言っていることが嘘なのか、それとも三体人を騙すための戦略なのか、判断することは不可能になる。例えば「自分はもう面壁者を辞める」と宣言しても、それが本気なのかどうかはわからない。宣言自体が相手をあざむく戦略の一環なのかもしれないのだ。したがって、一度面壁者になると、事実上辞めることはできないシステムになっている。(唯一可能な方法は自殺すること)。

ここに、さらに素晴らしい設定が入ってくる。

三体人のコミュニケーションは、お互いの思考が完全に相手に伝わるという方法で、基本的に嘘がつけないという設定なのだ。したがって相手が本当は裏で何を考えているのかという思考方法ができない。つまり、三体人は自分で面壁者の戦略を見抜くことはできない。

そこで、三体人は地球三体協会(三体人を支持する地球人のグループ)にそれを探らせる。三体協会は面壁者の戦略を探るために、面壁者のひとりひとりに「破壁人」を指名する。破壁人の仕事は面壁者の戦略を見抜いて、それを妨害することだ。

このときには地球三体協会はほぼ壊滅していて、力も失っている。それでも破壁人に指名されると、三体人に忠誠を誓うその人物たちは、その目的を達成するために自分の人生をかけるという、ある意味、非常に人間的な行動をとるのである。

こうして、面壁者は三体人にどう対抗するのか、面壁者の真意はなにか、破壁人は誰でどのように面壁者に対抗するのか、三体人の対応は、などという二重三重の緊張状態が作られることで、三体人がまだ到着しておらず、地球側の対応が内容のほとんどだというのに、読み手を飽きさせないのだ。このへんは本当に感心する設定だ。

さて、地球のPDCは4人の面壁人を指名した。政治家が2人、科学者が1人、そして宇宙社会学者の羅輯(ルオ・ジー)である。羅輯がこの物語の主人公である。

じつは羅輯は面壁者に指名される前から、なんども地球三体協会に暗殺されかけており、三体人から恐れられている。それは、第1部で三体人を地球に招き寄せた天文学者、葉文潔(イエ・ウェンジェ)から宇宙社会学の公理を教えられたからだ。そういうこともあって、羅輯にだけは破壁人が指名されず、三体人が直接対応するということになっている。

羅輯は宇宙社会学の確立を目指すが、あまり学問に真面目な人物ではなく、大学に残れるだけの実績を上げると、すぐに研究に熱が入らなくなり、即物的で享楽的な生活を送るような人間だ。

だが彼には秘密がある。彼は心の中だけにいる恋人がいて、それは完全に空想だけで創り上げたのだが、彼にとっては生きているのと変わらない実体のある存在なのだ。ある意味、羅輯という人物は、頭の中だけの世界が実際に力を持つことを知っているという設定だ。

興味深いキャラクター設定で、彼と秘密の恋人との関係は非常に艶めかしいから、作者の実体験なのではないか、という気すらする。作家という創造作業の一端を見せられたかのようだ。

ちなみに劉慈欣の創造する女性キャラクターはバラエティに乏しく、2,3種類ぐらいしかないが、この想像上の恋人は男性から見た理想の女性のように描かれている。美しく素直なのはもちろんだが、その一方で話す言葉も行動も機知に富んでいて、男性を飽きさせないという設定だ。これは劉慈欣の描く女性の中では、ちょっと珍しいかもしれない。

面壁者に指名されたものの、羅輯には三体人に対抗する戦略がまったく思いつかない。なにしろ、他の三人と違って、ただの社会学者なのだ。そこで、面壁者の権限を使って、自己中心的な享楽的な生活を追求する。自分の理想とする生活環境を構築し、そればかりか自分の理想とする空想の女性を探させたりする。

それを行うのが、第1部でも活躍した史強(シー・チアン)で、彼が説明したその言葉だけから本当に理想の女性、荘顔(ジュアン・イエン)を探し出してしまう。当然のように二人は結婚し、羅輯は湖のほとりの豪邸で幸せな結婚生活を送り、娘も授かる。

他の面壁者がストレスフルな毎日を送っているのに比べると、拍子抜けするくらい羅輯の毎日は安逸で幸福である。だが、それはコストがあまりかからない要求でもある。なにしろ他の面壁者の計画が、地球のリソースを何割も使う大胆な戦略なのに対して(もちろんその本心は分からないのだが)、羅輯は本当になにもしない。この辺の対比が非常に面白い。

しかし、ついに、羅輯は面壁者の仕事をしていないとPDCに判断される。その仕事をさせるために、PDCは妻の荘顔と娘を(説得して?)人工冬眠させる。ここまでしてようやく羅輯は面壁者の仕事を始める。葉文潔から教えられた宇宙社会学の公理をもう一度考え直し、宇宙に向けてある情報を発信する。その内容は地球から50光年離れた恒星系を示す地図なのだが、羅輯はそれを呪文と呼ぶ。(ちなみに送信方法としては、第1部で葉文潔が発見したという、恒星に強力な電波を送信すると増幅されるという原理を使っている)。

電波を送信したころ、羅輯も冬眠に入る。羅輯だけでなく主要登場人物はみな人工冬眠に入り、物語は一気に200年後になるのである。

200年後の地球は、2000隻の宇宙艦隊を有し、三体艦隊を迎え撃つ体制が整っている。人類は戦争に勝つことを信じ、自信満々な世界だった。なにしろその艦隊は水素融合でを使った恒星間旅行も可能な船なのだ。

そのころ、三体艦隊から、先行して発進した小さな探査機が太陽系に到着する。涙みたいな形から水滴と呼ばれたその探査機を、人類は全宇宙艦隊2000隻で鹵獲しようとする。が、その水滴は、宇宙艦隊よりも強力だった。たった1隻の探査機により、宇宙艦隊は2隻を除いて全滅させられてしまう。

この地球艦隊の壊滅シーンはなんでも具体的に見たように書いてしまう劉慈欣の独壇場で、非常に生々しい。

こうして、人類が200年かけて築いてきた対三体人用の準備は全て無駄だったことが分かり、人類はパニックに陷る。

水滴はそのまま地球を攻撃するかと思われたが、意外にも地球と太陽の間に入り、太陽からの電波送信を妨害する体制を取るのである。

一方、50光年離れた恒星が爆発しているのが発見される。羅輯が地図を宇宙に発信した例の恒星だ。爆発の原因は自然現象ではあり得ず、こうして羅輯は自分の呪文が効いたことを理解する。

こうして羅輯と三体人の交渉が始まり、ここが物語のクライマックスだ。ここで、本書の題名の黒暗森林の意味もわかる。

羅輯は、宇宙は文明がたくさん存在しているだろうと考える。しかし、その距離もあり、お互いにコミュニケーションができていない状況だと仮定する。つまり宇宙文明はそれぞれが暗闇の森林に孤立しているような存在だというのだ。お互いにコミュニケーションが取れていない状態では、相手に気が付いても、その文明が自分にとって危険かどうか判断がつかない。つまり疑心暗鬼の連鎖が生じる。

そうだすると、別の文明の存在に気がついた時、安全のためにいきなり相手を攻撃してしまう、そんな判断する文明もあるに違いない。というか、それが標準の対応になってしまうしかない。

羅輯が、50光年離れた恒星の位置を宇宙に送ったのは、そういう宇宙文明があることを確認するためだった。信号を受け取った宇宙文明の一つが、その恒星系を破壊したことで、そういう文明が存在することが確認できたのだ。

三体人は羅輯の意図をすぐに察し、太陽系の位置を他の文明に知らせないために、水滴を地球と太陽の間に置いたのだった。三体人は、侵略された地球人が太陽系の位置を知らせる信号を発信することを恐れたのだ。もしもそういう文明に太陽系の位置がわかると、先ほどの黒暗森林の理論により、三体人よりも強力な科学力を持つ別の宇宙文明により、太陽系が破壊されてしまうかもしれないからだ。

太陽を使った信号の送信は、水滴によって防がれている。しかし羅輯は、太陽系周辺に配置した水爆を爆発させることで、同じような信号を送れるようなシステムを密かに作る。これは別の名目で作られたシステムで、隠された真意を推測できない三体人には分からなかったのだ。

羅輯は、この水爆のシステムを使い太陽系の位置を発信すると脅して、あっさり三体人と地球人を同等の立場にしてしまい、侵略不可能にしてしまったのである。三体人が太陽系に到着する前に、引き分けに持ち込んだのだ。三体艦隊は太陽系から離れるコースをとり、いっぽう地球人が三体人の協力で科学を発展させて、彼らを救うという約束ができてしまった。

三体人が合理的にしか判断できないところも奏功している。もしも人間相手だったら、非合理的な判断をして、破れかぶれの対応をしまう可能性もあるだろうから、こんなにあっさりと交渉は成立しなかっただろう。水爆を使った信号の発信は、羅輯が死ぬと自動的に行われるようになっており、三体人がへりくだって羅輯の健康を気遣う様子が笑える。

黒暗森林という相手の意図が不明なときの行動原理の推測もまたゲーム理論的で、人類は社会学的な考察により救われた。これまでのSFになかった結末であり、劉慈欣が天才的と思える理由だ。

ところで、この物語の理屈はよくできているけど、ちょっと疑問がないわけじゃない。

羅輯が50光年離れた恒星の地図を送信した時、他の宇宙文明はどうして電波を出している太陽の位置が分からなかったのだろうか。これについて作者は、少しでも離れると大雑把な方向しかわからないから、と説明している。

だが、これはちょっとおかしい。

50光年先の恒星系が破壊されたことを200年後のいま確認できたということは、それを破壊した宇宙文明は少なくとも太陽系から150光年以内にあることになる。150光年ってぜんぜん遠くない。天の川銀河の10万光年の直径から見たら、ものすごく近いだろう。

150光年ぐらい近さだとと、電波をだした恒星は太陽だとすぐに分かってもよさそうだ。だって地球の電波望遠鏡だって、そのくらいの解像度があるはずだ。電波望遠鏡で6000光年先のブラックホールの写真を撮った天文学の最近の業績は話題になった。そのくらいの解像度を持っているのだ。もしそうなら、きっと太陽の正確な位置はとっくにばれているんじゃないだろうか。

とまあ、そういう疑問もあるけれど、面白かったので良しとする(笑)。

さて、次の第3部ではどんな展開になるのだろうか。

当然ながら、次は、(人類+三体人)が別の宇宙文明と接触する話になるのではないだろうか。その結果、次の歴史のステージが始まるのかもしれない。たとえば宇宙連合の発足とか?

そしてこのレビューでは述べなかったが、第2部では、羅輯の物語以外にも、太陽系を脱出したグループの話が語られている。だからきっと第3部では、地球の人類と、地球を脱出した人類との緊張が大きな役割を果たすのではないかと予想する。

でも劉慈欣のことだから、第1部、第2部とまったく異なる装いのお話を持ってくることもあり得るだろうなあ、という気もする。

少なくとも、智子(ソフォン)が科学の発展を妨害するということがなくなったので、超絶技術がばんばん出てくることは間違いないだろう。

第2部があまりに素晴らしい出来だったので、第3部も期待できそうだ。

最後に、葉文潔が羅輯に教えた宇宙社会学の公理を記す。

(1)生存は、文明の第一欲求である。
(2)文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量は常に一定である。

★★★★★

 


三体Ⅱ 黒暗森林(上)


三体Ⅱ 黒暗森林(下)

 

トランプに学ぶ 現状打破の鉄則

橋下徹 プレジデント社 2019.8.11
読書日:2020.9.3

橋下徹がトランプにかこつけて持論を展開する本。トランプを出しにしていますが、ほぼほぼ自分のやったことを述べている本です。

特に前半がひどい。自分のことを非難する学者などをコテンパンにこき下ろすというのがその内容で、こんなの大阪にでも暮らしていないと何のことやらさっぱり分かりません。

しかし、トランプはけっこう頭がいいと評価していて、ヒラリーが負けたのではなくインテリが負けたのだ、というところは、本当にそうだと思う。ヒラリーは結局、なんだかんだといっても民衆に寄り添えなかったのだ。

とまあ、共感できるところはそれなりにありますが、たぶん数時間ぐらいしゃべったことを本にまとめただけで、どうにもすかすかしている印象は免れません。

★★☆☆☆


トランプに学ぶ 現状打破の鉄則

 0秒で動け

伊藤洋一 SBクリエイティブ株式会社 2019.8.29
読書日:2020.9.1

すぐに動くということは、未熟な状態でもいいから仮説をたて、それに基づいて結論をすぐに出し、行動することだ、と主張する本。

まあ、なんといいましょうか、これを読んで、これはいったい何歳ぐらいの人を対象にしているんだろうかと考えこんじゃいましたね。

なにしろ、「会議で発言できるようになるには」、みたいなことが書いてあるんですから。

うーん。小学生用?

ところがどうも30代っぽい。

つまり、日本人はこういうことも大人になってから習うということなんですね。

でも、著者は30代から訓練して、いまでは畑違いのことでも、なにやら講演できてしまうくらいになったそうなんですね。

でもまあ、会議でともかく早くポジションを取れというのは、理解できる気もします。

何しろ、投資するときにも、この銘柄を買ってよいものかどうか迷うときがあるんですけど、とりあえず、買う(または売る)、というポジションを取って様子を見るということもありますからね。まあ、だいたい失敗するんですけど。

迷ったらワイルドな方を選ぶ、というのも分かる気がしますね。わしも、本当に迷ったときには、ヤバい方を取ることが多い気がします。ああ、だから投資依存症になってしまってるのかしら。

だとしたら、投資してる人には、ここに書いてあることは常識かしら。毎日、仮説をたてて実験しているようなものですからね。

★★★☆☆

 


0秒で動け 「わかってはいるけど動けない」人のための

↑ えーっ、40万部? 御見それしました。というか、本気でみんなこれを読んでるんだ。びっくりー。

LOONSHOT<ルーンショット> クレージーを最高のイノベーションにする

サフィ・バーコール 訳・三木俊哉 解説・米倉誠一郎 日経BP 2020.1.27
読書日:2020.9.3

一見ばかげたアイディアであるルーンショットは少数の自由なアーティストから生まれるが、それを実用化、製品化するのは規律のある大多数のソルジャーたちによってなされる。まったく別な性質をもつアーティストとソルジャーを独立に運営しつつ、お互いに交流させることでイノベーションを達成できると主張する本。

新しい技術でイノベーションを起こすことは、企業の夢でもあり、技術者の夢でもある。しかしそれはなかなか起こらない。

例えば、企業や政府の組織の研究所で驚くべきアイディアが出たとしても、それがその組織でうまく製品化されて、組織が生き残ることは非常に難しい。新しいアイディアを製品化できず、イノベーションのジレンマ(現在の技術にこだわっているうちに、次の技術への移行に失敗すること)に陥り、生き残れないことがほとんどである。

ところが、そういうことを行っている組織も存在する。わしが本当にすごいと思う技術開発集団は、アメリカのDARPA(国防高等研究計画局)である。DARPAの開発したものとしては、GPS、インターネット、ドローンなどがある。

米軍はどう見てもすでに世界最強の軍隊なので、とくにイノベーションの努力をしなくてもいいように思える。しかし、その立場に甘えることなく、貪欲にパラダイムシフトと言える技術を開発している。どのようにそれを達成しているのだろうか。

著者によると、そもそもブレークスルーとなるアイディアは片隅の辺境のグループから生まれる。彼らは基本的に独創性を重んじるアーティストである。一方、それ以外の大部分の人は、ある評価が定まった規律ある価値観の組織に属している。軍隊になぞらえて彼らをソルジャーと著者のバーコールは呼んでいる。そしてアーティストの突拍子もないルーンショットは、ソルジャーの規律を乱すために嫌われ、受け入れられることはない。

ここまではよくある話である。ではどのようにイノベーションをコントロールすればいいのだろうか。

まずアーティストのクループはソルジャーからつぶされないように隔離しなくてはいけない。そうでないとこのグループは殺されてしまう。しかし、ソルジャーと交流が絶えてしまうと、ルーンショットは実用化されない。だから、お互いの組織が交流をするように仕向けないといけない。この技術の橋渡しを専門に行う人を任命するなどの仕組みを作る必要がある。

この辺は、化学の相転移を用いてうまく説明している。アーティストは自由に動き回る水で、ソルジャーはきっちり並んだ氷で、交流を促す人は水でも氷でもない0℃の境界線にいる、というふうに。

実用化が始まってもすぐにそのアイディアが成功することはあり得ない。少なくとも3回は失敗するという。ルーンショットが本物ならそれは偽の失敗である。偽の失敗なら、失敗してもアーティストのグループを守る必要がある。

しかし、どうやったら偽の失敗かどうかが分かるのだろうか。

これは結局、アイディア自体に問題があるのか、テスト方法が間違ったのか、などを仮説を作って検証する以外にないようだ。

そして実際に市場に導入した時には、その結果を組織の意思決定のレベルでチェックする必要があるという。それは失敗したときだけでなく、成功したときも行う。成功したからといっても、良い意思決定だったとは限らないし(運がよかっただけ)、失敗しても悪い意思決定だとは限らない(読みは間違っていなかった)。

ルーンショットのチームの運営には気を付けなくてはいけないことも多いようだ。例えば人数は大きすぎると政治的な要素が入ってしまうので限界の人数があるという。その人数は、不思議なことに全員の顔を覚えられる人数といわれる150人だそうだ。実際に方程式を作って人数を確認しても150人になるという。

では、実際にDARPAではどのように運営しているのか見てみよう。この本はDARPAについてだけ述べた本ではないが、やっぱりDARPAが参考になる。

DARPAでは、軍事予算の一定割合が予算に割り当てられる。そして毎年、研究テーマが募集される。研究テーマには、冒険的なパラダイムシフトを起こすようなテーマが多く選定される。応募するのは、主にその分野の技術に明るい人で、大学の研究者が多いようだが、軍事部門からも応募がある。テーマが決まると、応募した人はプロジェクトマネージャーとして研究を引っ張る。プロジェクトマネージャーは予算を使って実際に研究する人を雇い、チームを作り研究を進める。プロジェクトマネージャーにはそのテーマに関して絶大な権限が与えられる。

こうして、研究部門のアーティストはソルジャーから完全に分離されている。プロジェクトマネージャーは、アーティストの研究チームと軍の橋渡しとなって交流を促す。

プロジェクトチームは多くは数年で解散する。そしてプロジェクトマネージャーは職を失う。軍に移ることはできない。しかし、プロジェクトマネージャーはその分野の業界に大きな存在感を示すことができるので、その後のキャリアに非常に有効なのだ。

こうして、DARPAは挑戦的なテーマを外部に委託しながら、その成果を軍に反映させることができる。しかも、研究チームは一時的で解散するから、軍自体に脅威を及ぼすこともなく、ソルジャーの組織を守ることもできるわけだ。

日本では、国が主導するプロジェクトは経産省が行うものや文科省が行うものがあるが、どうも成果が出ているとは言い難い状況である。

しかし、なんとかDARPAなどを参考にして、成果が出る方法を身に付けられないだろうか。

わしは企業は新しいアイディアを実用化できなくても、潰れれるだけだからあんまり気にしなくても良いように思う。個人投資家としては、新しい元気な企業が次々出てきた方がチャンスがあるから、こちらの方がいい。しかし、国が主導するような大きなテーマに関しては、もっと何とかしてほしいと思う。

我が国から大きなブレークスルーがなくなってからずいぶん経っているような気がするのは、わしだけではないだろう。

★★★★★

 


LOONSHOTS<ルーンショット> クレイジーを最高のイノベーションにする

 

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